闘病や不妊治療。想定外の中から、自分らしいキャリアを切り拓く

 

西部 沙緒里

Saori Nishibe
(株)ライフサカス/LIFE CIRCUS Inc. 代表取締役、(独)中小企業基盤整備機構・人材支援アドバイザー、ウイメンズキャリアメンター

【資格】
ウイメンズキャリアメンター
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【メンタリング価格】
1回お試し 14,000円/時
3回パック 39,000円(13,000円/時)
5回パック 60,000円(12,000円/時)
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【メディア掲載】
●「私、子供が欲しい気持ちに本気で向き合えてなかった」30代で不妊を宣告され、不妊サポート会社をつくった女性が語る“後悔しない生き方”
●これからのダイバーシティ推進に必要なこと―「サイレント・ダイバーシティ」という新たな概念
●不妊治療と仕事が笑顔で両立できる社会へ―企業の妊活サポートを後押しする

INTERVIEW


今までのキャリアを教えてください

早稲田大学を卒業後、広告会社の博報堂に新卒入社し、マーケティング、営業、人材開発、法務などを担当しました。振り返ると、社会人最初の10年はやりたいことや人生の目標がなく、ずっと悶々としていました。中途半端な自分に耐えきれなくなり、メンタルダウンして半年間休職した時期もありました。
 
それでいて、恥ずかしながらプライドだけはずっと高かった。忙しく充実していると思いたい気持ちもあり、仕事の傍ら、本業外のソーシャルプロジェクトを全体企画・プロデュースなどの立場で複数、掛け持ちしていました。結果、そこでの経験がこの後の展開に活きてくるのですが、当時は常に「青い鳥」を探し求めていたように思います。
 
そんな私が30代半ばで直面したのが、乳がん・不妊という大きな出来事でした。結果それが人生の転機となり、起業を決意。現在は、立ち上げた会社が3期目を迎えています。


乳がんで闘病され、さらには不妊治療も?

突然の病に倒れ休職、全ての仕事・活動が強制終了しました。37歳になりたての時でした。さらには、病気をきっかけに受診した不妊外来で、「あなたが産める可能性は10%以下でしょう」と医師から宣告されます。結婚して3年半頃で、当たり前のようにいつかは、と思っていたのに…。いきなり後頭部にブロック塀を落とされたかのような衝撃でした。
そこから、術後療養に並行して、捨て身の思いで不妊治療を始めたんですね。当時は夫も
キャリアで大きな決断をした矢先で、家族みんなが憔悴していました。
 
また、不妊治療を始めてみて知ったのは、自身を含め多くの不妊女性をとりまく、不条理な現実でした。「どうすれば産める?」「いつまで頑張ればいい?」…。 不妊は社会全体の課題なのに、未だ助成金以外に有効な対策が打たれていません。その旗ふり役になりたい。そう決意し、会社創業に至ります。


闘病などがきっかけで起業したのですね

まさか自分に、アラフォーにして起業する未来があるとは想像もしていませんでした。闘病や不妊治療は、ぬるい日常を送ってきた自分が、ようやく魂を込められるテーマに踏み出すきっかけをくれたのだと、今は思えます。けれど渦中はもう死にたい、と思うくらいのショックでした。その経験が次の道筋になったと考えると、人生って不思議なものですよね。
 
結果、2016年秋に「子どもを心から望む女性が、みんな母になれる社会をつくる」をカンパニービジョンに掲げ創業しました。不妊、産む、産まないにまつわる個人の生声と実体験を紹介するウェブメディア「UMU(http://umumedia.jp)」運営と、企業・学校・自治体等に対する「女性の健康」「治療と仕事の両立」等をテーマとした研修・講演・コンサルティングご支援も始めました。また、不妊治療中の女性とカップルのための、治療サポートアプリも開発してきました。

起業は大きな決断だとよく言われます。経験上、転機に決断するためには、最後の最後はノリと勢いだと思います。目の前に人生の分岐があるとして、どの道も一長一短あり、完璧を求めていてはなかなか動けません。悶々と生きてきた私は、むしろ大胆な決断のタイミングを内心で求めてきたのかもしれない、とも感じます。そしてその結果選んだ道を、正解だったと思えるかどうかは、自分の「解釈」次第だと今は考えるようにしています。解釈でどうにもでもなると思えば、「より変化が大きい方を選んだ方が楽しいよね」という価値観は、辛い時期を経て踏み出した自分の原動力になってくれています。


その後、起業のタイミングで妊娠が発覚なさったのですね

思いがけず妊娠が発覚したのが、会社設立とほぼ同じタイミングでした。そもそも自分にとっては奇跡的で、夫には「子と会社という双子を同時に育てているようなものだね」と揶揄されたくらいです。初めての会社経営、初めての妊婦生活…。正直、授かった喜びに浸る間もなく、仕事もプライベートも「ままならないこと」ばかりで、ほとんどマタニティうつのような状態でした。
 
そのしんどい状態を、私は最後まで「乗り越えられはしなかった」と思います。実際必死でしたし、急にダウンしてメンバーに迷惑をかけることも多々ありました。ただ、その「できない自分」をそのままで許してあげる、受け入れてあげるということが徐々にできるようになったことで、気持ちの置きどころができましたね。


現在は出産された西部さん、どのような活動を行なっていますか?

3期目に入り、事業のテーマ領域を、不妊・妊活も含む「働く女性の健康問題」全般に広げ、現代女性がライフステージで直面する心身の生きづらさ・働きづらさの支援を行なっています。UMUメディアの運営、研修・講演・コンサルティング事業も継続しつつ、最近では大手企業さんの新規事業のアドバイザーや、女子3人チームによるNY-TOKYOをつないだPodcast番組「edamame talk(http://edamametalk.com)」の運営等も始めています。全ての活動に共通することとして、ライフサカス(LIFE CIRCUS)の社名に込めた「苦しみの中にある人の人生を咲かせよう、サーカスのように楽しもう」という思いを実現するべく、活動しています。


西部さんは、自分のミッションを明確に理解し、実行しているように見えます。どのように軸やミッションを見つけましたか?

数年前、病に倒れたところから始まり、産めない可能性に直面、不妊という社会課題を知り、当事者の私がやらねば誰がやると会社をつくったら、まさかの妊娠、そして出産・育児・仕事復帰…。正直、自分が何かしてきたというより、一連の荒波に怒涛のように流された末に、ようやく気づけたという感覚です。
 
翻弄され続けた結果、一番の学びは「生きることは予定調和ではない」ということ。そしてただ一つ、「全員が必ず死ぬ」という事実だけが、圧倒的に予定調和なんですよね。だから成功も挫折も実績も後悔も、死んだらすべてゼロリセットと思ったら、少し気が楽になったんです。そうか、どうせゼロになるんだから、恥ずかしいとか失敗したらとか、悩むだけ不毛だなって。


仕事をしながら、様々な課題にぶつかっている女性たちに、一言アドバイスをください

一つだけお伝えしたいのは、「最悪、終わった。と思った瞬間に、次の扉は開いている」というメッセージなんです。困難の渦中にいるとき、誰でも「もう無理!」ってなりますよね。でも、例えば私の事例で言えば、苦悩や葛藤を経験したからこそ「人生の仕事」を見つけられた。言い換えれば、その当時はネガティブで逃げたい、忘れたい体験であっても、結果次の道を示してくれる可能性があると確信しています。どんなときでも、人は必要なプロセスを生きていると私は思います。心から応援していますし、一緒にがんばりましょう!


 

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