転職や海外留学、資格取得。数々の経験を経てようやく天職へ。

山田 恵理

Eri Yamada
ウイメンズキャリアメンター、
キャリアコンサルタント

【資格】
国家資格キャリアコンサルタント、フリーランス協会認定フリーランス&パラレルキャリア支援アドバイザー、ウイメンズキャリアメンター
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【メンタリング価格】
1回お試し 13,000円/時
3回パック 36,000円(12,000円/時)
5回パック 55,000円(11,000円/時)
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INTERVIEW


今までのキャリアを教えてください

就職氷河期の時期、新卒で総合リース会社に一般職で入社しました。人事の採用担当者の方がとても素敵な方で、それがきっかけです。入社後も、その方の印象は変わらず憧れの存在で、ロールモデルでした。初めに配属されたのが財務部で短期収支や月中資金ポジション管理等を行っていました。次第に、人とかかわる仕事がしたいと思うようになり、3年で仕事を一通り覚えたら辞めると決意して予定通り退職しました。

ロールモデルもいる会社でしたが、一般職に納得していなかったということもありました。その会社の中では、一般職は声を上げて発言できる立場でも、自分が主体になって働ける環境でもありませんでした。キャリアに不安を持ち、また、もっと主体的に働いてみたいと思い、一旦退職することにしました。そして退職後は、すぐに再就職をするのではなく、一旦、世界を見てみたいと考え、以前から憧れだったスペインに留学しました。


スペイン留学では何をしていたのですか?

スペインには2年間滞在し、サラマンカ大学のインターナショナルコースを修了しました。親戚がいたこと、短期留学の経験があったことで、スペインを選びました。全くスペイン語の素養もなく、英語も片言だった所からのスタート。とても大変でしたが、日本人のいない環境の中で過ごし、異文化での適応力を学びました。

当初、スペイン語を習得し、現地で就職することも考えましたが、今後のキャリアを考え、やはり帰国することにしました。


帰国後は様々なお仕事を経験され、そこから天職に巡り合うまでにどのような経緯がありましたか?

帰国後は、外務省の南米課で事務として働きました。外交官を含め、多くの方と接する中で、もっと責任感のある仕事をしたいと思い、次に大学職員へ転職しました。
ここではもともと、留学経験を生かして、留学生の受け入れなどを行う仕事ができればと思っていましたが、配属されたのは人事課でした。でも、これが私の転機となりました。そして、総合職として、女性でも活躍できる環境がありました。

そこで仕事へのやりがいを初めて感じて、夢中になって働きます。仕事内容は多岐にわたり、給与、労務のほか大学特有の入試業務なども。中でも特に採用、研修の仕事は、自分自身も成長できるやりがいのある仕事で、生涯人に関わる仕事をしていきたいなとこの時に強く思いました。
一社目で漠然と「人に関わる仕事がしたい」思っていたことが、色んな出会いと経験を経て、ようやく形になったんだと思います。


キャリアカウンセラーの資格も取得したのですね。

はい。妊活をしながら、キャリアカウンセラーの資格も取得できました。そして、双子を妊娠・出産し、育児休暇を取得している間に、夫の転勤で秋田行きが決まったのです。


地方への転勤帯同。現地では何をしていたのですか?

女性の活躍を支援しているベンチャー企業の女性経営者に出会い、彼女のもとでキャリアカウンセラーとしての仕事をスタートしました。そのときに思ったのが、私と同じように子育てをしながら働く女性を取り巻く環境の過酷さ、無理解、そして本人たちの苦労です。彼女たちの悩みを聞くなかで、いつしか大学生たちではなく、ワーママのキャリア形成をお手伝いできればと思うようになっていったのです。


双子育児をしながらの地方での生活、新しい仕事。色々大変なこともありましたか?

初めての育児は誰もが大変だと思います。うちはそれに加えて双子だったので、物理的に大変でした。とにかくうちの子供たちは夜泣きが本当にひどかった。何時間も泣き続けて、その泣き声でもう一人が起きてしまって眠くて泣く、なんていうこともざらにありました。子供が生まれてから、熟睡できるようになったのは、本当にここ最近のことです。でも、たぶん子供が100人いれば、親はみんなそれぞれ100通りの大変さを味わっていると思います。楽な子育てなんてありません。相対的に比較するものではないと思っています。

でも、とにかく自分一人で抱え込まない。助けを求めることが、大事なんだと思います。夫や両親、きょうだいや友人など、身近にいる仲間に助けてもらえる環境を作ることですね。私の場合はまずは夫にでした。夫にも「辛い」という。自分が限界になる前に早めにSOSを出す。それができたのも、普段から夫となんでも話せるような関係を築けていたからだと思います。私自身これまでは人に頼るよりは自分で何とかしたい、という性格だったと思いますが、大変な時はとにかく遠慮せず、人に頼ることを意識しました。


数々の転職をされてきたわけですが、人生の決断に必要だと思うことはなんですか?

予期せぬできごとを前向きに受け入れること。自分がこうしたいと思うことに固執しすぎると、それ以外の可能性を捨ててしまうことになります。これをキャリア理論では、 「プランドハプンスタンス(計画的偶発性)」と呼びます。私自身も、たとえば夫の秋田転勤が決まったのは急で、都内の区立認可保育園に双子の2枠を確保した直後でした。保育園どころか、仕事もやめるので、一から探さなくてはなりません。でも、前向きに受け入れて秋田に行ったら、また多くの出会いと発見があり、キャリアにもつながりました。しかし、東京転勤もまた通常より1年早まって急で(苦笑)、またゼロからの保活と離職&職探しをしなければいけなくなりましたが、前向きに受け入れることで、こちらのメンター事業との出会いもありました。


前向きな山田さんの、軸やポリシーなどがあれば教えてください。

「臨機応変」です。ポリシーにこだわりすぎるのではなく、その時々で臨機応変に対応する。「郷に入っては郷に従え」という言葉もありますが、常に自分を開いた状態に置いておくことが、やがては自分の可能性を開いてくれる、と思っています。そしてそれは、海外経験で学んだ、といってもいいかもしれません。たとえばスペインは時間にルーズな国民性があると言われていてその通りでした。私は時間に忠実なほうでしたが、それではスペインではいらいらしたり疲れてしまうことがありました。緩やかな気持ちをもってそのルーズさに適応することでより快適に生活ができました。そんな風にその時の状況に応じて臨機応変に適応すると見えなかったものも見えてくる、新しい可能性を引き出すことができると思います。

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