国際通学、起業、ワンオペ育児、そして二拠点生活。メンター事業は天職。

池原 真佐子

Masako Ikehara
株式会社MANABICIA代表、
ウイメンズキャリアメンター

【資格】
コーチング修士(Executive Master in  Consulting and Coaching for Change,INSEAD:現EMC,ウィメンズキャリアメンター
=====
【メンタリング価格】
現在は新規受付していません。予約待ちの方はinfo@manabicia.comまでご連絡ください。
=====
【著書】
「自信と望むキャリアを手に入れる 魅力の正体 ~コンプレックスを強みに変える実践的レッスン~」(大和書房 )

INTERVIEW


今までのキャリアを教えてください

早稲田大学の教育学部と、大学院教育学研究科で成人教育を研究していました。大学院の時は様々なNGOなどでボランティア、インターンを経験します。
 中でも、政府関連機関の広報センターでインターンをしたことを機に、PRに興味を持ち、新卒でPR会社に就職。外資系消費財メーカーを中心に、アート、ファッション、食、NGOなどの広報に関わります。その後、教育への思いが強くなり、教育関連のNPOに転職、更にコンサル会社の人材開発部へとに移り、国内外のコンサルタントの育成に関わるようになりました。コンサル会社で働きながら、結婚もし、夜間の勉強会に通うなどして人事・人材開発関連の学びを深めていきました。その延長で、INSEADというビジネススクールでコーチングやリーダーシップ、組織開発について学べるパートタイムの修士があると知り、入学。月1回程度、飛行機でシンガポールに通いました。
卒業目前にして現在の株式会社MANABICIAを起業。その後妊娠しますが、臨月で夫の海外単身赴任が決まります。帯同するか迷いましたが、会社を起こしていたので、話し合いの末、私と子供が数年は日本に留まり、遠距離家族でいることを選びました。
産後1年半で、女性のキャリアを支援したいという気持ちになり、こちらのメンターマッチングのビジネスを立ち上げました。2年半のワンオペ育児生活を経て、現在はドイツに移住し、家族で暮らしています。月に1回程度、日本に出張で帰国するというライフスタイルを取っています。


起業したのはなぜですか?

INSEADへ行って世界中の人たちと関わる中で、自分に自信を得て、人生をよりダイナミックに変えてみたくなったからです。INSEADで論文を書く時期に起業もしてしまったので、当初は両立が本当に大変でしたが、今で徐々に軌道に乗り始めました。


なぜこのメンター事業を始めたのですか?

こちらの事業はMANABICIAの中で2つ目の新規事業としてスタートしました。当時、ワンオペ育児をしていて「女性が働くって大変だな」という思いがあり、同じような思いをしている女性たちを何か支援したいという気持ちが募っていきました。
私の専門は教育でもあり人材育成でもある。その中で何ができるだろうと試行錯誤して行き着いたのが、現在のメンターマッチング、育成の事業でした。

この事業を始めてからは今まで以上に激務になり、大変なことも多くありましたが、それでもようやく「天命に出会えた」という気持ちです。ここまでたどり着くまでとても長い間、どこかで自分の人生に迷っていたような気がするからです。


長い間迷っていたのですか?

よく、私のキャリアは「人の成長やコミュニケーションに関わる」という点で一貫性があると色々な方から言われます。でもそれは、振り返ってみるとそうだったなぁと思うだけで、いつもいつも、全力で目の前のことを選んできただけだと思います。
また、20代の頃は、結婚に迷い、30代前半では、キャリアや出産に迷っていました。正解なんて無いからこそ、自分がどう生きていきたいのか、もやが掛かったような気持ちでいた気がします。ですが、30代後半で出産してから、急に、マインドが切り替わったのです。ワンオペ育児だったこともあり、迷う時間が無くなったことが大きいですね。迷う時間があったら、より付加価値の高い仕事ってなんだろうと考える、など、とても現実的になっていきました。すると、他人と比べて落ち込んだり、答えのないことにいつまでもくよくよすることも減りました。その結果、今に至ります。


現在はドイツに住んでいますが、どのような生活ですか?

息子が2歳半になり、夫と暮らすことにしました。ドイツは直行便もあるので、日本にはいつでも戻れると思えたことが大きかったですね。

ドイツでは息子を現地のバイリンガル園(ドイツ語と英語)に通わせ、日中は私は日本とオンラインで打ち合わせをしたり、PCとにらめっこをする日々です。でも日本にいる時よりも「もっと自分の時間を大切にしよう」と決意し、ピラティスやピアノのレッスンも始めました。
日本にいた時は気軽にシッターさんも家事サービスも使っていましたが、いまはそのようなものがほとんど無いので、家事の時間も増えましたが、それはそれで楽しむようにしています。
日本での業務も滞りなく進むようになってきたので、ビジネスはこれまで以上に加速させつつ、せっかくのドイツ生活をもっと丁寧に、暮らしを楽しみたいなと思っています。


 

関連記事

  1. 最前線で管理職として働きながら、子供のスポーツ活動を支え、中…

  2. 転職や海外留学、資格取得。数々の経験を経てようやく天職へ。

  3. 大手関連会社からベンチャーへ転職、そして独立。フリーランスと…

  4. 社会人経験無しの専業主婦から士業で独立。

  5. 日米欧のトップ企業を経験。上級管理職、ワーキングマザーとして…

  6. 日本人初のペンタゴン勤務を達成、そこから起業・独立の道へ

PAGE TOP